脳のメカニズム、耐性の窓

扁桃体と前頭前野の機能、そして場面緘黙症

脳の扁桃体は、内側側頭葉に位置するアーモンド形の構造で、身体感覚や外部情報から危険や安全といった原始的な感情を瞬時に判断します。恐怖を感じると身体に警報を発し、「闘争」か「逃走」の反応を促しますが、その判断は即時的で詳細ではありません。

一方、脳の前部にある前頭前野は、理性や論理的判断、感情の制御を司っています。扁桃体からの情報を受け、より詳細な分析を行い、「楽しい」「悲しい」「腹立たしい」といった感情のラベリングを行うことで、次の行動への準備を整えます。

場面緘黙症の場合、何らかの原因でこの扁桃体の働きが強く、前頭前野の働きが弱いという特徴があります。そのため、身体感覚の情報が扁桃体に伝わるとすぐに危険と判断され、その情報が前頭前野まで十分に届きません。結果として、自分の感情を正確に認識する力が弱くなり、多くの感情を「恐怖」と誤認識してしまうため、適切な行動を準備できずに抑制してしまうのです。

脳のメカニズム:感情のラベリングの仕組み

耐性の窓と環境適応

私たちが活動する上で、ストレスに適切に対応し感情を処理できる最適な覚醒状態の範囲を「耐性の窓」と呼びます。この窓の中で身体の覚醒度を適切に保つことが、感情を処理し、効果的に行動する上で不可欠です。

覚醒度が過度に高まると(過覚醒)、神経が過剰に活性化し、脳が混乱して適切な行動がとれません。逆に、覚醒度が低すぎると(低覚醒)、身体が眠ってしまい、必要なメカニズムが機能しません。環境にうまく適応できる力は、ストレスを感情として認識し、行動をコントロールするために、覚醒度を適切に高く、かつ長く維持できる能力にかかっています。

ただし、この覚醒調整能力には個人差があります。特に場面緘黙症の人では、扁桃体の働きが強く、脳のメカニズムに特有の問題があるため、覚醒度が上がると感情をうまく認識できず、調整スキルも乏しい傾向があります。そのため、覚醒が上がりすぎて疲労感や情緒不安定につながりやすく、覚醒度を上げるのが難しいと感じることがよくあります。

環境適応と集団における感情の調整

環境適応とは、与えられた課題に対して個人の能力を最大限に発揮し、最良の成果を得るための行動を指します。これは単に状況に「慣れる」だけでなく、目標達成に向けた積極的な対応を意味します。

特に集団の中では、感情の適切な調整が適応の核となります。喜びや感謝を表現することは、集団内の絆を深め、協力関係を促進します。また、不満や怒りを適切に示すことは、問題解決や改善に繋がることがあります。一方で、状況にそぐわない感情や他者を不快にさせる可能性のある感情を一時的に抑えることも、社会的な調和を保ち、衝突を避けるためには不可欠です。この「発現と抑制のバランス」を状況に応じて適切に調整する能力こそが、集団内で円滑なコミュニケーションを維持し、個人の目標達成と集団全体の機能性を両立させる鍵となります。

場面緘黙症の人が直面する困難は、まさにこの「集団における感情の調整」、特に感情の発現(話すこと)が意図せず極端に抑制されてしまう点にあります。このため、環境への適応や、個人の潜在能力を最大限に発揮する行動が阻害されるという課題に直面するのです。

耐性の窓
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